[2006年1月卒業] 新しい人が入所するたびに、かつての自分と対面させられる。 「知らない」ことを知らなくて、才能がきっとあると希望をもっていて、なんでも出 来る<自信>があった。 入所説明会の時、 卒業生がまだいない(当時)という話だったので、「私が卒業をします!!」と言っ た。 私には光る才能がある(はずなんだ)から、私が卒業してみせる。ほーほほほ・・・ ・・・こんな<自信>は、すぐに打ち崩されていくのだが。 岩山のような私の思いこみを先生はさぞや大変な思いで砕いていたことであろう。 それは今も続いている。・・・かもしれない。 レッスンで先生のハンマーを受け、また、受けている人を見る。 まずはニュートラルになること、余分なものを捨てること、 これが大事だと知った。 知ること、得ることの喜びは、また次への「知りたい」に変わる。 今、その振り幅はどんどん大きくなっていく。 修業に「卒業」はない。 追求に終りはないから。 人と比べることにも、意味がない。 戦わなければならないのは「自分自身」であり、 越えなければならないのは「昨日の自分」だからだ。 「当たり前」のことを積み重ねることで生れるモノがある。 しかし、「当たり前」のことをやるのが一番難しい。 今まではレッスンが私を引っぱってくれた。 私にとっての「卒業の意味」とは、 もう、叱ってもらえるということに甘えるのはやめなさいよ、ということだ。 これからは、自分で自分を引っぱりなさいよ、ということだ。 リズミカルに脚を振り出して、歩こうと思う。 稽古場で培った、ひと粒の<自信>を胸に、 「次のわたし」に向かって。 |
[入所当時] 先生、あのね。 「CANを辞める」って言ったことがありましたね? 思うんです。あの時がはじまりのきっかけだった、って。 先生は私のわだかまりに耳をかたむけてくださいました。もし話さなかったら今ごろゴビ砂漠と日本海溝が広がって、ついでに関所も観測所もできていただろうなって思うんです。 えーっと、どういうことかと言うと、養成所を出てから演劇と離れていた私は、やりたいことの方向は芝居を向いていたけれど漠然としていたんです。身につけておきたいことは際限無くあるけれど、身につけておかなければならないことを手にいれたい。そう感じていた時、CANに出会った。 CANでは自分の課題が見えてくるから今何をすべきかが具体的になって。ここでならしっかりとした土台がつくれると信じられた。そのことが今日、私を芝居へと前向きにつなげてくれています。 でもね、それは「はじまりのきっかけ」があったから。そこからはじめて私のCANが「はじまった」んです。先生に心を開けるようになって「稽古」が変わっていきました。演技がおもしろくなりました。言い訳している自分に気がつきました。 のびようとする限りきっとみていてくれていると感じるから、だから素直にこう思えるんです、のびたい、って。 不信感を持ったままだったら、吸収なんて出来ない。CANに来て、誠実さを思うようになりました。嘘はつきたくない、人にも、芝居にも。 先生は秘密好きですけどね。秘密と嘘は違いますね。はい。 |
| 出 身 地 | 神奈川県 |
| サ イ ズ | 159cm 62kg B88 W69 H96 |
| 趣味・特技 | フルート、三味線、水彩、パン作り、〆切破り |
| 主な出演 |
舞台 「カレッジ・オブ・ザ・ウィンド」タケコ役 舞台 「絢爛とか爛漫とか」 小林すえ役 舞台 「テイク・ザ・マネー・アンド・ラン」老婆役 舞台 「父帰る」黒田おたか役 舞台 「マクベスの妻と呼ばれた女」シーリア役 舞台 「雨も僕もきっと…」晶役 舞台 「煙が目にしみる」野々村桂役 舞台 「夏色の風」リビア役 舞台 「日曜日ナビはオルガンを弾いた」ナビ役 舞台 「ジュリエットたち」紀子役 |
| 特 徴 | 会話に感嘆詞が多い。いや、会話になっていない。 |
| 所 属 | 現在フリーで活躍 |
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ファンレターの宛先
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